
※静香ちゃんの、過去の話。
痛い、身売り、シリアス要素等含みますので苦手な方は閲覧注意でお願いします。
【殺人人形は人間に変わる夢を見る】
”愛してる”
それが、両親の口癖だった。
「静香。貴方は私達の最高傑作よ。私達の大切な宝物。愛しているわ。」
「何時だって私達はお前の味方だよ。愛している。」
両親の”愛”を一身に受けて、”私”は育った。
両親の言動が”私”の全て、”私”の世界。
そんな両親は私に言った。
「弱肉強食、という言葉があるだろう?
この世界はね、弱者は淘汰され強者だけが生き残る世界なんだ。
弱者は強者が強者である為に存在しているんだよ。それが存在価値なのさ。
お前は、強者になるべくして生まれたんだ。
私達の技術の全てをお前に詰め込んだ。お前ならどんな弱者だって滅ぼす事が出来る。
淘汰される為に存在している弱者を滅ぼす事がお前の役目なんだよ。…分かるね?」
「…はい、父上。」
「良い子だ。お前は私達の宝物だよ。」
両親が褒めてくれるのが嬉しかった。
両親が注いでくれる”愛”だけが真実。
周りの物は全て”弱者”と、”強者”になる為の踏み台なのだという言葉を、疑いもしなかった。
”弱者”を屠ることへの戸惑いも躊躇いも、罪悪感すらも、感じない。
そうして、暗殺人形である”立花 静香”は生まれた。
周りの余分な”思想”は全て取り除かれ、ただ両親の望むままに。
この手を汚し、この身を汚し。
体を暴かれる生理的嫌悪を感じなかったといえば、嘘になる。
けれど両親の”望み”の前には不要なその感情を抱いてしまう自分を、嫌悪した。
そんな自分に両親は許しを与え、特別父は”愛”をも注いでくれた。
「あぁ、怖かったんだね。済まない、怖い思いをさせて。”ハジメテ”は誰だって怖い物だ。
お前が謝ることはないんだよ。いつも私達の為にお前は尽くしてくれているのだから。
そんな優しいお前だからこそ、パパもママも愛しているんだ。
…大丈夫、その内慣れて、何も感じなくなる。お前はいい子だからね、そうだろう?」
「はい…父上。」
尽くすから愛される。優しいから愛される。いい子だから愛される。
だからいい子でいなければと、それが自分の意思なのだと思っていた。
「パパが慰めてあげるからね。」
日替わりで目の前に現れる顔も知らぬ男達と、”愛”してくれる父との行為に大した差等見当たらないのに。
それでもその行為は”愛”故と、信じて疑いもしなかった。
「静香…愛してる、愛しているわ。貴方は私とあの人の大切な子だもの。
でもね、あの人の事も愛しているの。だから貴方が許せない…!」
父の慰めを受けるようになってからだろうか、少しずつ母は不安定になって。
”愛”を囁きながら、与えられる暴力に、「ごめんなさい」を繰り返した。
どうしたら、笑ってくれますか?
良い子でいるから。捨てないで、愛していて。
貴方達だけが、”私”の全てだから。
少しずつ、何も感じなかった世界の何気ない光景が、目につくようになった。
駄々をこねる子どもと、困ったように、それでも優しい眼差しを向ける母親。
―”良い子”でないのに、そんなに優しい眼差しを向けるのは、何故?
仲良く親子3人で、手を繋いで歩く笑い声。
―手を繋ぐ意味は、何。嗚呼…自分は、体を幾度となく繋いだことはあっても、手を繋いだことは無かったな。
「大好きだよ。」「何もしなくていいの。貴方が居てくれるだけで、私達は幸せだもの。」
―”愛”とは対価を払うものでは、無いのですか?
世界には、分からないことが多すぎて。
嗚呼、こんな事も分からない不出来な子だからかと、無条件の愛を得られない自分を嫌悪して。
それでもこんな不出来な自分を”愛”してくれる両親に感謝して。
そんな日を何日も何日も、繰り返し。
世界への疑念が湧く度自分でそれを打ち消した。
2人の”愛”を信じられないなんて、そんなことあってはいけないから。
本当は”愛”されていないなんて、それが事実であったら、生きる意味が無くなってしまうから。
両親の技術全てを暗殺に特化させ詰め込んだ”静香”は、暗殺技術においては抜きん出ていた、筈だった。
少なくとも両親はそう信じていたようだったし、両親が誇りだと言ってくれることが嬉しかった。
…例え他に何の取り柄もない暗殺人形であったとしても。
しかしそれも、”Sの最高傑作”が誕生するまでの話。
暗殺者としての立場も、親からの期待すらも、薄れていくのが分かった。
比べられることが、多くなった。
「――がまた功績を挙げたそうだ。お前も励みなさい。」
「――が―様のお目に留まったそうよ。貴方も早く次の仕事に行きなさい。」
「「出来るだろう(でしょう)?お前(貴方)は私達の”愛する良い子”なんだから。」」
何度も何度も打ち消して。それでも何度も何度も湧いてくる疑念が、胸を締め付けて張り裂けそうで。
―”愛”とは、何ですか…?
到底両親に聞けないその問いは、ぐるぐると胸の中で渦を巻いて。
気付けば、これから滅ぼす”弱者”へ向けて放っていた。
自分よりも幼い”弱者”は答えた。
「”あい”はだいすきってことだよ。あなたは、だいすきもしらないの?」
分からない。そう答えれば、”弱者”は悲しそうに、そっと”私”の頭を撫でた。
自身と違う体温に身を震わせる。反射的に殺してしまいそうな手を押さえた。
「かわいそう。あなたは、あいしてくれるひとがいなかったのね。」
愛は無償の物であること。愛は相手の幸せを、笑顔を願うことであると、”弱者”は語った。
何時だって、あの人達の笑顔を、幸せを願っていた。あの人達の為なら何だって出来た。
愛を知らなくなんかない。自分は確かに、あの人達を、愛していた。
ただそれが…自分だけだった、だけのこと。
「だからあなたは、ひとをころすの。」
”弱者”の言葉に驚いて。
「あなたがわるいひとって、しってるの。みちゃったもの、あなたがひとをころすところ。
あのね、ころすのは、いけないことなのよ。」
何故、と乾いた唇で問うた。
「やっぱりわからないのね。あなたがころしたひとにも、きっとあいしたひとやあいされたひとがいたのに。」
呆れたように、”少女”は言った。それはもう、”弱者”ではなかった。
―こんな幼い子どもにも分かることを、”私”は今まで知らなかった。知ろうとも、しなかった。
貴女にも、愛する人がいるのですか。
「もちろんよ。だからわたし、しにたくないわ。それにあなただって、きっといたいわ。」
殺すことが痛いなんて、考えたこともなかった。
それなのに、何故、こんなにも今胸が軋むのか。
頬を流れる涙の意味も、頭を撫でられるくすぐったさの意味も分からなくて。
初めて、ターゲットを逃がした。
任務に失敗したらどうなるのだろう?
”その時”は下手を打って自身が死ぬ時とばかりに思っていた。
自分の意思で命令に背く事等、考えもしなかったから。
どんな顔をしてあの人達に会えばいい?
考えるよりも早く、扉の向こうから突き刺さった言葉。
「遅いわね、何かあったのかしら。」
「大丈夫だ、あの子なら帰ってくるさ。あの子に幾ら掛けたと思ってる?
――程ではなくとも、私達の技術を詰め込んだ最高の暗殺道具じゃないか。」
「そうね。裏切った、なんてことも…ないわよね。あの子に、此処以外に帰る場所なんてある筈がないわ。」
「あの子にとっては”此処”が一番優しい場所の筈だ。その為にありもしない”愛”を囁き続けたんじゃないか。」
「あら、貴方は随分執心してるように見えたけれど。」
「おいおい冗談はよしてくれよ。此処に縛り付けるひとつの手段だろう?
本当に愛しているのは、君だけだよ。」
本当はずっと、気付いていた。
愛されて、いなかったこと。
ただ、認めたくなかっただけ。
ぐらぐらと揺れる足元と視界に、吐き気がして、立っていられなくて。
それでもその足を、壊れそうな心を引きずって、”其処”を飛び出した。
…――
ふ、と覚醒した意識に、天井を見上げる。
此処は何処のホテルかと思考を巡らせて、此処が”家”であることを思い出す。
上体を起こして枕に触れれば、俄かに湿ったそれに吐息を零し。
そっとそれを抱きしめ顔を埋めた。
貴方達は、怒っていますか。
私が”良い子”でいられなかったこと。
貴方達は、怒りますか。
新しい”家族”を手に入れたこと。
そしてそれが、自分には勿体無いくらいに幸せだってこと。
暗殺以外に何の取り柄もない自分を受け入れてくれた”家族”。
そこには、何度も名前を聞いた――や、何時か両親に連れられた先で見た、檻に囚われ獣のように暴れていた”愛された自分と違って可哀想”な子が居て。
そんな自分や彼等が笑える世界があって。
この世界を守りたいと、唯思う。
もう会うことは、きっとないけれど。
どんなに殴られても蹴られても、道具としてしか見て貰えなくても、それでも。
私は、”愛した”貴方達を忘れることは、きっとないでしょう。
願わくば…どうか、お元気で。
【SERE様 作】