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No.3

【以下、話の流れだけざっくりと書いていきます】

 

 

 


 深夜に玲が呼び出され向かった先は、「組織」のボス――瑛李のところだった。
以前、「S」の構成員であり、あまつさえ瑛李の命を狙ったことがある玲は、
覚悟を決めて「組織」へと向かった。
自分は、処刑されるのだろう。
それだけの罪を犯したのだ、罰を受ける覚悟はできていた。
しかし、「組織」で瑛李の口から告げられたのは、予想もしていない言葉だった。
「ずっと、「S」で辛い思いをしてきたんだろう。よく我慢したね。
 私は、玲、君の気持ちは良く分かるんだ。」
優しい抱擁と言葉。続いたのは、懇願だった。
「玲、お願いがあるんだ。君に私専属のボディーガードになって欲しいんだ。
 もう、独りは辛いから…。ここで一緒に暮らしてくれないか。」
玲にとってそれは、願ってもいない話だった。
ここにいれば、これ以上、蒼たちに迷惑をかけなくて済む。
加えて「S」で犯した自分の罪を償うこともできる。


刹那、脳裏を過ったのは、珪太からのメールだった。


珪太と暮らせたら、それはこの上ない幸福だろう。
けれど、「S」だった自分は、きっと彼に迷惑をかけてしまう。
その点、「組織」にいれば。
もしも必要ないと判断されれば、誰かが自分を処分してくれる。
自分の大切な人たちには迷惑をかけなくて済む。


「よろしくお願いします。」


深々と頭を下げると、瑛李は嬉しそうに笑った。
だが、その目の奥には暗い闇があった。

 


 

 

 玲が瑛李のボディガードになる、という話に、碧は賛成した。
だが、蒼は強く反対をした。
瑛李が自分や玲にどんな感情を抱いているか、蒼は知っていた。
何か、裏がある。このままでは、玲の身に良くないことが起こる。
けれど、瑛李のことを信頼している碧は、蒼を窘めた。
なによりも、玲がそれを望んでいるのだ。
それ以上、止める術はなく、ただ何も起こらないように祈ることしか、蒼にはできなかった。
 珪太にも、玲は連絡を入れた。
珪太は、表面上は喜んでいるような素振りをした。
本当は、玲と一緒に暮らせないことが分かり、落胆しているのに。
それでも、もしも何かあったらいつでも連絡を入れるように、と念を押して、
玲の門出を素直に祝うことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 暫くの間は、表面上、平和な日々が流れていた。
相変わらず、蒼は連日のように義父に呼び出されていたが、碧たちにばれることはなかった。
義父の行動は次第にエスカレートしていった。
初めは自分が蒼を抱くだけだったが、やがて客を取らせるようになった。
そして今は、ビデオを撮り、それを配信して金を儲けるようになっていた。
それだけはやめてほしいと懇願した。だが、聞き入れられなかった。
平穏に流れゆく日常の中で、蒼の体と心だけが、少しずつ壊れていくのだった。

 

 

 

 

 

 そんなある日、不安定な均衡は、ついに崩れた。
碧のスマホにかかってきた一本の電話――行方をくらませていた硝からの電話だった。
彼は「貴方が一番欲しい物をお渡ししましょう」と持ちかけてきた。
碧が一番欲しい物――蒼の遺伝子地図。それを渡す用意があるというのだ。
罠だとは分かりつつも、碧は呼び出しに応じた。

 指定された場所は、高級ホテルの一室だった。
予想外に部屋には硝ひとりの姿しかなく、他に刺客がいる気配すらなかった。
そして、硝の手にはハードディスクがあった。そこに蒼の遺伝子地図の複製が収められているという。
「こちらを差し上げましょう。ただし、私と一緒にちょっとした映像を見ていただきたい。
 それが、これを差し上げる交換条件です。」
あまりにも簡単な条件に碧はいぶかしむが、その理由はすぐに分かることとなった。
映し出されたのは、見慣れた愛しいひとの、見たことのない姿。
男たちに服従し、為すがままにされ、しかし耐えることが出来ずに足掻き、啼き、果てる姿。


蒼が、輪姦されている―――。


「やめろ、今すぐ映像を止めろ!」
叫んでも、しかし、硝は首を横に振った。
「やめたら、これは渡せませんよ。交換条件と言ったでしょう?」
こんな蒼の姿を見せて、何になるというのだ。
愛しいひとが、愛するひとが、男たちに汚されていく、壊されていく。
まるで昔一度だけ見た、あの悪夢の日のように…。
まさか、と碧の握った拳が震える。
最近、蒼の具合が悪かったのは、この所為だったのか。
映像は、続いていく。
そして、最後に現れた男の顔を見て、碧の中で何かが壊れる音がした。


ああ、やはりあの日、殺しておかなければならなかったんだ。


現れたのは、幼い蒼を犯した、彼の義父だった。


約束通りハードディスクを碧に渡し、硝はついでにと告げた。
「このホテルの1001号室に、彼は滞在していますよ。
 今日も、蒼を呼び出して、楽しむつもりのようですね。」
「…あんたは、あんな映像を見て平然としていられるのか。
 あんたにとっても、蒼は大切な存在なんだろう!」
碧の叫びに、硝は普段と変わらない薄い笑みを浮かべて答えた。
「さあ、どうでしょうね。」

 

 

 

 義父に呼び出されホテルに向かっていた蒼のスマホに、見慣れない番号から電話が入った。
出てみると、電話の主は硝だった。
一方的に硝は告げた。
「貴方のお義兄さんが、貴方のお義父さんに会いに行ってますよ。
 お義兄さんは、全てを知ってしまった。急がないと、大変なことになる…。」


 最も恐れていたことが起こってしまう。
急いでホテルの義父の部屋へと向かった蒼は、しかし、全てが手遅れだったことを知る。
天井まで染め上げる、赤い血。
ベッドの上、胸を、顔を撃ち抜かれ、義父は絶命していた。
そして、その遺骸を憤怒に満ちた瞳で肩で息をしながら見下ろすのは――。


「碧…、どうして…!…お義父さん、お義父さん!!」


ベッドの上の義父をいくら揺り動かしても、もう息を吹き返すことはなかった。
ついに最も恐れていたことが起きてしまった。
碧が、一般人を手にかけてしまった――。
「どうして!どうしてお義父さんを殺したんだ!」
「お前を傷つけたからだよ、蒼。
 こんなやつ…、殺されて当然なんだ!」
「でも、お義父さんは「S」じゃない、一般人なんだ、それなのに…!」
義父を抱きしめる蒼を、碧は不思議なものを見るように見つめる。
「何故、そんな奴を庇う?…俺はお前を助けたかった、それだけなのに。」
「俺は…、こんなこと、望んでいなかった!」
沈黙が、訪れた。
碧の顔が怒りでみるみる上気していく。が、何も言わずに部屋を出ていこうとする。
「そうか…、大切なお義父さんを殺した俺が、憎いか。そうか。」
「ちが…!」
否定の言葉は、ドアの閉まる音によって掻き消された。
義父の物言わぬ遺体をそっとベッドに横たえ、蒼は宙を仰いだ。


自分がいたから、碧は堕ちてしまった。
自分が、いたから―――。

 

 

 

 

 

 

 義父の死以来、蒼と碧の間には見えない壁が出来たようだった。
二人は会話を交わすこともなく、同じ屋根の下にいても係わりを持つことはなくなった。
まるで図ったように、「組織」から仕事の依頼も与えられなくなった。
近づいたと思った心の距離は、今や遠く離れてしまっていた。


 

 碧は、遺伝子地図の解読に没頭し、そして絶望した。
遺伝子工学の権威は、碧が硝から受け取った遺伝子地図を見て、凍りついた。
「これは…、我々が今まで知る遺伝子パターンと全くの別物だ…。」
見事なまでに組み替えられた地図。
それは今まで考えられてきた生命の根幹を覆すようなものだった。
解読、などという話ではない。
全く未知の言語を何もないところからまず文字を探る、そんな作業に似ていた。
どれだけ時間があっても足りない。
あまつさえ、時間などほとんど残されていないのだ。
紺野から言われていた、蒼の体の限界がもう間もなくまで迫っていることを。
焦って、苛立って、周りが見えなくなる。
加えて、あの男を殺した日の蒼の絶望した瞳が、碧の手を止める。
蒼の考えが、分からなくなる。自分は、あの子にとって必要なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、玲は瑛李のボディーガードとして、着実に仕事をこなし、信頼を得ていた。
瑛李は玲を殊の外可愛がり、まるで自分の弟のように接した。
そんな瑛李に、玲は心を許し、彼もまた瑛李を兄のように慕っていた。
玲は、知らなかった。そのすべてが、仕組まれたことだなんて。
瑛李の本心は別のところにあり、全てがそのための下準備に過ぎなかったなんて。
完全に玲が瑛李を信頼したその時、準備は全て整った。


それは、ボディーガードが終わり、二人で「組織」の廊下を歩いていたときだった。
ふと、瑛李が玲の背中に回った。
あれ、と思う暇もなかった。


次の瞬間、玲の胸は撃抜かれていた。
瑛李の拳銃が放った、弾丸によって―――。


どうして…、最後にそう小さく唇が動き、そのまま玲は廊下に倒れた。


「ずっとお前を殺す隙を狙ってたんだよ、玲。
 私はね、お前のことが大っ嫌いだったんだよ!
 珀の息子である、お前のことが!」


バラバラと周囲から出てきた別のボディーガードたちに、玲を始末しておけ、と命令する瑛李。
だが、そのとき、予想外のことが起きた。
「玲ッ!?」
ボディーガードに混ざって、珪太が現れたのだ。
珪太は玲の様子が気になって、ボディーガードたちの隙をつき、紛れ込んでいたのだった。
すかさず珪太を始末しようと考える瑛李だったが、
珪太が自分が玲を撃ったことを知らず、別の暴漢に襲われたのだと勘違いしていることを知り、
珪太は活かすことにする。
そして彼に、玲の仇を取るために、「組織」に入ることを勧める。
珪太は頷くとともに、碧に連絡を取り、すぐさま玲を病院へと搬送した。

 

 

 

 玲は、一命を取り留めた。
しかし、意識は戻らず、植物人間として眠り続けた。
蒼は玲を襲った犯人について疑問を抱く。
玲ほどの暗殺者が、背後至近距離から撃たれることなど、余程のことがなければ在り得ない。
それも、撃たれた場所は「組織」の廊下で、瑛李と二人で歩いていた時だ。
疑いの目は自然、瑛李へと向いた。
だが、そんな蒼に碧は言った。「俺は瑛李を信じている」と。
二人の会話は、それきり途絶えた。
もはや、蒼と碧の心は、寄り添い合うことが出来ないほど、離れてしまっていた。


 

そして、ついに。


 

ある日、蒼は瑛李に呼び出され、「組織」へと向かった。
そこで、瑛李の口から真実を知らされる。
玲を撃ったのは、やはり、瑛李であったこと。
そして、瑛李は玲と蒼、二人のことを心の底から憎んでいることを。


その瞬間、蒼は、壊れた。
「S」の生んだ殺人鬼が、目を覚ます。


瑛李が銃を抜く間もなく、蒼は瑛李を撃ち殺していた。


額、首、胸、全ての急所を寸分違いなく撃抜かれ、瑛李は絶命した。
その瞬間、部屋のドアが開き、そこに立っていたのは碧だった。
「瑛李…ッ!」
瑛李に駆け寄りその遺体に縋りついて嗚咽を漏らす碧を、蒼は感情のない瞳で見つめていた。
腕はだらりと垂れ、銃口は床に向けられている。
暗闇の中、玲を殺そうとした男のために、自分を殺そうとした男のために、
涙を流す碧の姿だけが、スポットライトに当たったように浮かび上がっていた。
心が、悲鳴を上げていた。
違う、違うんだ、お願い、分かって。
だが、何一つ言葉になることはなかった。


やがて、ゆっくりと碧が立ち上がる。
蒼を見つめるその瞳にはもはや憎悪しかなく、かつての温かな感情は欠片もなかった。
「瑛李が言ってたよ、お前はいつか殺人鬼に堕ちると。
 お前はもう、堕ちてしまったんだな。俺の知っている蒼じゃないんだな。」
違う、違う。何も変わっていない!
叫んでも叫んでも、言葉にはならない。
いま、自分はどんな顔で碧を見つめているんだろう。
愛するひとに憎しみの眼差しを注がれて、どんな顔をしているのだろう。
胸が、痛い。壊れる。そんな目で見ないで、お願いだから。


許せなかったんだ、大切な兄を殺そうとした男が。
生きたかったんだ、貴方の隣で。
それだけ、なんだ。


しかし、蒼の叫びが碧に届くことはなかった。


碧の構えた銃口が、蒼の胸に向けられる。
蒼は、逃げなかった。
もう、生きる意味が見つけられなかった。
愛する人に憎まれてまで、生きようとは思わなかった。


碧のピストルが、火を噴く。
だが、その刹那、誰かが蒼の体を押し倒し、銃弾は壁に穴を開けた。


蒼を助けたのは、紅だった。


為すがままの蒼の体を抱き上げ、その場から逃げ出す。
碧もまた、それ以上、二人を追おうとはしなかった。
ただ、瑛李の亡骸を抱きしめ、そして誓うのだった。
「仇は、必ず取ります。…命に代えても。」

 

 

 

 

 一方、抜け殻になった蒼を抱いて紅が向かった先は、空港だった。
用意されたチャーター機に乗り込み、為すに任せて隣に座る蒼に告げる。
「これから、「S」の本拠地――香港に向かう。
 「S」に行こう、蒼。
 お前を必要としてくれる人がいる、だから…、生きてくれ。」
蒼は、頷かなかった。
ただ人形のように、遠ざかっていく東京の夜景を絶望に染まった瞳で見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

【Chapter4 END】

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